意味
衍曼流爛(えんまんりゅうらん)。衍は「あまり」、曼は「ながい」、流は「ながれる」、爛は「ただれる」を四字に畳んだ語。
衍曼流爛は、一字ずつの意味を重ねて読む四字熟語である。一字ずつ読めば、衍は「あまり」、曼は「ながい」、流は「ながれる」、爛は「ただれる」である。この順で読むと、語の骨格が見える。衍曼流爛には、特定の一話に固定できる故事が残っていない。無理に物語を足さず、字義といまの慣用から読む。いまの日本語では、仕事や判断の現場に衍曼流爛が現れやすい。褒貶より、状況がこの語に近いかを先に見る。衍曼流爛は名詞として状況を指す。「衍曼流爛だ」「衍曼流爛と評する」の形が多い。褒貶より、近い状況かを先に見る。衍曼流爛を繰り返し掲げると、ポスターの文句になる。一度、字義に戻す。読みはえんまんりゅうらん。検索で意味だけ拾うときも、四字の順と出典の有無は一緒に見る。似た語と並べると、輪郭がはっきりする。読みはえんまんりゅうらん。一字ずつは、衍は「あまり」、曼は「ながい」、流は「ながれる」、爛は「ただれる」。出典が文献で確認できた語だけ故事の欄を出す。例文では衍曼流爛を文の中に置く。物語が要らない語に劇は足さない。
字義
衍
あまり
曼
ながい
流
ながれる
爛
ただれる
使い方
- 記者はその状況を衍曼流爛と評した。
- 衍曼流爛とは、この四字の表す意味、という意味で使う。