意味
もともと仏の境地は言葉で届かない、という語。今はもっぱら「論外だ」。
言語道断は、二層ある。表層は罵倒。深層は、言葉が届かない場所があるという仏教の謙虚さだ。日常では表層だけが残った。不正、虐待、あまりに粗い手抜き。論評する前に語を置くと、議論が終わる。終わるべきこともある。以心伝心が言葉の手前の理解なら、言語道断は言葉の向こうの拒絶だ。乱用すると、考えたくないことの蓋になる。図鑑では、本当に道が切れたときだけ使うよう勧める。ニュースの見出しがこの語だらけなら、社会の語彙が痩せている。読みはごんごどうだん。一字ずつは、言は「ことば」、語は「ことば」、道は「みち」、断は「たえる」。出典が文献で確認できた語だけ故事の欄を出す。例文では言語道断を文の中に置く。物語が要らない語に劇は足さない。読みはごんごどうだん。一字ずつは、言は「ことば」、語は「ことば」、道は「みち」、断は「たえる」。出典が文献で確認できた語だけ故事の欄を出す。例文では言語道断を文の中に置く。物語が要らない語に劇は足さない。
字義
言
ことば
語
ことば
道
みち
断
たえる
使い方
- 証拠改ざんは言語道断だ。ここは議論の場ではない。
- 味の好みを言語道断と呼ばない。道は切れていない。